コラム ・
「この人の代わりがいない」と感じるとき、何が起きているのか
代わりがいない相手というのは、特別に仲がいい相手のことではありません。関係の中に、他へ移せないものが積み上がっているだけです。それが何なのかを分解します。
「あの人の代わりはいない」と口に出すと、少し大げさに聞こえます。
でも実際には、ほとんどの人に何人かいます。特別に仲がいいわけでも、毎日話しているわけでもないのに、その人だけは別枠になっている。理由を聞かれると、うまく答えられない。
この感覚が何でできているのかを、分解してみます。
代わりがいる関係と、いない関係
人との関係の多くは、機能で結ばれています。この作業を頼める人。愚痴を聞いてくれる人。飲みに誘える人。
機能で結ばれた関係には、代わりがいます。冷たい話ではなく、事実としてそうです。相談相手が引っ越しても、別の相談相手はいずれ見つかる。
代わりがいないと感じるのは、その人が持っている機能が特殊なときではありません。そこに至るまでに積んだ工程が、他の人へ移せないときです。
移せないものは、だいたい3つ
1. 説明しなくていい範囲
新しく気の合う人ができても、そこには必ず「説明する」工程が戻ってきます。前提を共有して、背景を話して、やっと本題に入る。
長く一緒にいる相手とのあいだでは、この工程がもう終わっています。名前を出すだけで通じる人がいて、あの件と言えば伝わる出来事がある。ゼロから通じ合うより、いま通じている状態を作り直すほうが、ずっと時間がかかります。
2. 取り繕わなかった記録
人は、初対面の相手の前ではだいたい整った姿でいます。それが普通です。
問題は、整った姿から始まった関係では、崩れた姿を見せる段階に自分で進まないといけないことです。すでに崩れたところを見られている相手には、その手続きが要りません。
だから、いちばん情けないところを見た人が、いちばん気楽な相手になります。順番が逆に見えますが、実際にはこうなっています。
3. 同じ時期を通ったという事実
これはどうやっても移せません。あとから来た人に、過去を一緒に過ごしてもらうことはできない。
「あの頃」を持ち出したときに、説明なしで同じ温度で返ってくる相手は、その時期を生きた人しかいません。仲の良さではなく、時間の重なりの問題です。
「仲がいい」とは、別のものさし
この3つは、会う頻度とは関係ありません。
連絡が年に一度でも、会えば5分で元に戻る相手がいます。逆に、毎日顔を合わせていても、部署が変われば自然に入れ替わる関係もあります。前者は積み上がったものが残っていて、後者は機能でつながっていた、というだけの違いです。
だから「最近あまり連絡していないから、もう仲が良くないのかもしれない」というのは、たいてい取り越し苦労です。頻度が下がっても、説明が要らない範囲は減りません。
なぜ、普段は気づかないのか
ここがいちばん厄介なところです。
関係を維持するコストが下がりきると、その関係は意識に上らなくなります。気を使わなくていい相手は、気を使っていないぶん、思い出す機会も減ります。だから代わりがいない相手ほど、普段は空気のように扱われます。
そして、失って初めて工程が戻ってきます。説明から始めなければいけない相手ばかりになったとき、何を持っていたのかが分かる。
気づくための3つの問い
いまその人が誰なのかを確かめたいなら、こう聞いてみると分かりやすいと思います。
- 近況を説明しないで、話し始められる相手は誰か。ここに出てくる人が、1の工程を終えている相手です
- その人の前で、うまく見せようとするのをやめているか。相手が優しいからではなく、すでに見られているから、という場合が多いはずです
- 会ったあと、何を話したか思い出せないのに、なぜか軽くなっていないか。内容ではなく状態が変わっているなら、それは機能ではない関係です
ものさしを変える、という話でもある
人間関係を「どれだけ会っているか」で測ると、頻度の高い相手が上位に来ます。でもここまで見てきたとおり、頻度と代替不可能性は別のものさしです。
年に一度しか会わない人が、実は誰よりも移せないものを持っている。それは珍しいことではなく、たぶん普通に起きています。
思い浮かんだ人がいたら、その人を診断してみてください。自分が何を受け取っていたのかが、言葉になって出てきます。